2008年05月14日
スノウ・クラッシュ
スノウ・クラッシュ〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

スノウ・クラッシュ〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

「メタバース」「アバター」という言葉を生み出した1992年刊行のポスト・サイバーパンク小説。
アメリカではサイバーパンク好きのSF愛好家やギーク(技術系オタク)に熱狂的に支持されている作品とのこと。
しかし日本ではイマイチ受けが悪いらしく、「中盤グダグダ」、「難解」、「ごちゃごちゃ」と不評なご様子。Amazonのレビューも1件しかついてません。
舞台は近未来のアメリカ。
グローバル経済が行き着くところまで行った結果、アメリカの経済力は世界でもどん底レベルになり、もはや世界に誇れるものは「音楽」「映画」「ソフトウェア製作」「ピザの高速配達」しかなくなってしまった。
合衆国も有名無実化し、大統領の名前なんて誰も知らない有様。
一方、国土にはゲーテッド・コミュニティが進化・発展したような様々な種類の"フランチャイズ国家"(都市国家)が誕生し、勝手バラバラに国土を分割統治するようになっていた。
そんな世界を、凄腕ハッカーで時々ライブのプロモーター、メタバースでは世界最強の剣士、でも今はピザの配達人という中年男「ヒロ・プロタゴニスト」と、スケボーで疾走する特急便屋の少女「Y.T」が駆け抜ける……
という設定。
ピザ、スケボー、HIP HOP、ラウドミュージックと、”いかにも”なMTV出現以後の90年代アメリカのイメージがちりばめられ、コミカルで疾走感溢れる描写もふんだんに盛り込まれているのでテンポ良く読みすすめらます。
イメージ的に「メタバース(仮想世界)」にばかり焦点が当てられている作品っぽいけど、実際には仮想世界と現実世界(とはいえ相当ブッ飛んでいる)が交互に登場し、リアルとバーチャルが切り離されず、それらが自然に重なっている近未来社会を描いています。
実際、作品内では一般人でも気軽にデパートなどに置かれている端末からメタバースにアクセスできるようになっており、メタバース内の会員制クラブには夜な夜な各界の有名人や芸能人が集ってどんちゃん騒ぎ。
一方現実社会では、宗教や人種や”稼業”などで多種多様な都市国家が形成されている。
これはまさにセカンドライフ内の居住区やSIMのようなもので、バーチャルがリアル化し、リアルがバーチャル化しているというわけですね。
ピザ喰ってスケボー転がしてクソうるせぇ音楽聴いて…それらと同じ感覚でメタバースにもログインする、といういずれ来るべき近未来。
物語は、ヒロ・プロタゴニストの友人でメタヴァース内の会員制クラブ「ブラック・サン」のオーナーである「Da5id」が、メタヴァース内で「スノウ・クラッシュ」と呼ばれるウィルスに接触しアバターが制御不能になったところから急展開。
スノウ・クラッシュはオンライン上のウイルスのはずなのに、リアルのDa5idも回復不可能な意識不明状態になってしまった。
ヒロはこの謎を解くため、メタヴァース内の人工知能「ライブラリアン」と5000年前に存在したシュメール文明について語り合い、リアルでもバーチャルでも同じ機能を持つ究極のメタ・ウイルス「ミー」の存在を知る。
このくだりが日本における同作品の評価を下げているのだと思いますが、私としてはこのくだりこそ作品の要であり、また最も面白い部分だと思いました。
もうマジで面白い!
今まで頭の中のバラバラな部分にあったバラバラな知識が、カチカチっとパズルがはまるように組み合わさっていく感覚が味わえます。
いずれシュメール文明についてちゃんと調べた上でもう一度読み返したい。
物語は次第に「コンピューター上」で機能し且つ人体にも影響を及ぼすウイルスの謎を中心に回っていきます。
その謎を解く鍵が、5000年前に存在しながらも以後の文明に一切影響を与えていない謎の古代文明「シュメール文明」に存在する。
元々シュメール人は「ミー」と呼ばれる言語の規則によってコントロールされていた。
ミーには様々な種類があり、畑仕事のミーもあればパンを焼くミーもあった。戦争や政治、宗教儀式といったレベルの高いミーもあった。
つまり人間を「ハード」に例えれば、ミーは「ソフト」に相当する。
ミーは人間が農耕文化へと進化するために必要なソフトであり社会を動かす「オペレーティングシステム」のようなものだった。
しかし、そんなシステムにふと疑問を抱いた支配層の人間「エンキ」が現れた…
この「エンキ」という人物が、旧約聖書にあるバベルの崩壊や世界の言語システム、そして「スノウ・クラッシュ」の謎を解く鍵になるんですが、後は実際に読んで確認して下さい。
もう説明するのがめんどくさくなりました。
っつーか大真面目に書き出したらマジで論文一本書く勢いです。
最後には、ロシアから流出した核兵器とそれを握るネイティブアメリカンで被爆者の男、カルト宗教、マフィア、光ファイバーを独占する企業家、難民船団、空母エンタープライズ、アメリカ大統領ともうむちゃくちゃなキャラやモチーフがひとかたまりになって押し寄せ、まさに”怒涛の展開”となります。
あと何気に太平洋戦争と原爆もモチーフになっていたり。
SF、ユーモア、アクションetc...いろいろな要素が詰まったまるで玩具箱のような作品。今一番のオススメ小説です。

スノウ・クラッシュ〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

「メタバース」「アバター」という言葉を生み出した1992年刊行のポスト・サイバーパンク小説。
アメリカではサイバーパンク好きのSF愛好家やギーク(技術系オタク)に熱狂的に支持されている作品とのこと。
しかし日本ではイマイチ受けが悪いらしく、「中盤グダグダ」、「難解」、「ごちゃごちゃ」と不評なご様子。Amazonのレビューも1件しかついてません。
舞台は近未来のアメリカ。
グローバル経済が行き着くところまで行った結果、アメリカの経済力は世界でもどん底レベルになり、もはや世界に誇れるものは「音楽」「映画」「ソフトウェア製作」「ピザの高速配達」しかなくなってしまった。
合衆国も有名無実化し、大統領の名前なんて誰も知らない有様。
一方、国土にはゲーテッド・コミュニティが進化・発展したような様々な種類の"フランチャイズ国家"(都市国家)が誕生し、勝手バラバラに国土を分割統治するようになっていた。
そんな世界を、凄腕ハッカーで時々ライブのプロモーター、メタバースでは世界最強の剣士、でも今はピザの配達人という中年男「ヒロ・プロタゴニスト」と、スケボーで疾走する特急便屋の少女「Y.T」が駆け抜ける……
という設定。
ピザ、スケボー、HIP HOP、ラウドミュージックと、”いかにも”なMTV出現以後の90年代アメリカのイメージがちりばめられ、コミカルで疾走感溢れる描写もふんだんに盛り込まれているのでテンポ良く読みすすめらます。
イメージ的に「メタバース(仮想世界)」にばかり焦点が当てられている作品っぽいけど、実際には仮想世界と現実世界(とはいえ相当ブッ飛んでいる)が交互に登場し、リアルとバーチャルが切り離されず、それらが自然に重なっている近未来社会を描いています。
実際、作品内では一般人でも気軽にデパートなどに置かれている端末からメタバースにアクセスできるようになっており、メタバース内の会員制クラブには夜な夜な各界の有名人や芸能人が集ってどんちゃん騒ぎ。
一方現実社会では、宗教や人種や”稼業”などで多種多様な都市国家が形成されている。
これはまさにセカンドライフ内の居住区やSIMのようなもので、バーチャルがリアル化し、リアルがバーチャル化しているというわけですね。
ピザ喰ってスケボー転がしてクソうるせぇ音楽聴いて…それらと同じ感覚でメタバースにもログインする、といういずれ来るべき近未来。
物語は、ヒロ・プロタゴニストの友人でメタヴァース内の会員制クラブ「ブラック・サン」のオーナーである「Da5id」が、メタヴァース内で「スノウ・クラッシュ」と呼ばれるウィルスに接触しアバターが制御不能になったところから急展開。
スノウ・クラッシュはオンライン上のウイルスのはずなのに、リアルのDa5idも回復不可能な意識不明状態になってしまった。
ヒロはこの謎を解くため、メタヴァース内の人工知能「ライブラリアン」と5000年前に存在したシュメール文明について語り合い、リアルでもバーチャルでも同じ機能を持つ究極のメタ・ウイルス「ミー」の存在を知る。
このくだりが日本における同作品の評価を下げているのだと思いますが、私としてはこのくだりこそ作品の要であり、また最も面白い部分だと思いました。
もうマジで面白い!
今まで頭の中のバラバラな部分にあったバラバラな知識が、カチカチっとパズルがはまるように組み合わさっていく感覚が味わえます。
いずれシュメール文明についてちゃんと調べた上でもう一度読み返したい。
物語は次第に「コンピューター上」で機能し且つ人体にも影響を及ぼすウイルスの謎を中心に回っていきます。
その謎を解く鍵が、5000年前に存在しながらも以後の文明に一切影響を与えていない謎の古代文明「シュメール文明」に存在する。
元々シュメール人は「ミー」と呼ばれる言語の規則によってコントロールされていた。
ミーには様々な種類があり、畑仕事のミーもあればパンを焼くミーもあった。戦争や政治、宗教儀式といったレベルの高いミーもあった。
つまり人間を「ハード」に例えれば、ミーは「ソフト」に相当する。
ミーは人間が農耕文化へと進化するために必要なソフトであり社会を動かす「オペレーティングシステム」のようなものだった。
しかし、そんなシステムにふと疑問を抱いた支配層の人間「エンキ」が現れた…
この「エンキ」という人物が、旧約聖書にあるバベルの崩壊や世界の言語システム、そして「スノウ・クラッシュ」の謎を解く鍵になるんですが、後は実際に読んで確認して下さい。
もう説明するのがめんどくさくなりました。
っつーか大真面目に書き出したらマジで論文一本書く勢いです。
最後には、ロシアから流出した核兵器とそれを握るネイティブアメリカンで被爆者の男、カルト宗教、マフィア、光ファイバーを独占する企業家、難民船団、空母エンタープライズ、アメリカ大統領ともうむちゃくちゃなキャラやモチーフがひとかたまりになって押し寄せ、まさに”怒涛の展開”となります。
あと何気に太平洋戦争と原爆もモチーフになっていたり。
SF、ユーモア、アクションetc...いろいろな要素が詰まったまるで玩具箱のような作品。今一番のオススメ小説です。
タグ :スノウ・クラッシュ
2008年05月12日
ストレンジ・デイズ
たまたま思いつきで先の「ニルヴァーナ 」と一緒に借りた映画なんですが、これが偶然にも「VR(ヴァーチャル・リアリティ)」技術が主題となった話で儲けもんでした。
1995年に製作された1999年の話で”ちょっと先”を描いた一応”近未来”SFなのですが今見てもあまり古さが感じられず、「サイバーパンク」のジャンルに加えても良いくらい画面作りのセンスが秀逸でカッコ良い作品です。
やはりどこかウィリアム・ギブスン風味なのは基本だからでしょうか?
さらにクラブの中のモブシーンやライブシーンがMTVっぽくてBGMの使い方も上手。ちなみにテーマ曲はディープ・フォレストとピーター・ガブリエルのコラボ。
1999年の暮、自分の体験したことをそのままディスクに録画し他人に五感を通して追体験させることができる「スクイッド」と呼ばれる「五感レコーダー・プレイヤー」が闇に出回っていた。
この”エロ追体験”ディスクや”犯罪追体験”ディスク闇で売買して糊口を凌ぐ元警官のディスクバイヤーが、「レイプする側の男の感覚を体験させられながら絞殺される娼婦の感覚」を記録したディスクに出会うことにより2つの異なった事件に同時に巻き込まれていく…というのが大体の話の筋。
ディスクバイヤーの元恋人で今は自身のメジャーデビューのためレーベルオーナーの元にいる気まぐれな娼婦、レーベルオーナー兼クラブオーナーのジャンキー野郎、高級リムジンドライバー兼ボディガードの黒人女性、ディスクバイヤーの友人で情報屋のオヤジ、新世紀に未来を託し「黒人の時代」を主張する革命指導者のラッパー、彼を射殺した交通課の警官、などなど”いかにも”サイバーパンク作品にありがちな一癖あるキャラクターがもつれ合いながら1999年12月 31日のカウントダウンに向かう。
本当に街を封鎖して撮影されたというミレニアム・カウントダウンの混沌としたシーンがまさにブレード・ランナーの発展形という感じで、ネオンや巨大スクリーンの風景と相まって狂乱の雰囲気がよくでています。
また、画面の派手さだけでなく、「人種差別」と「警察権力の腐敗」というアメリカの暗黒面もしっかり内容に織り込み描いていて社会派の側面もあるのがいい。
これは明らかに1992年のロス暴動の反映でしょう。
残念ながら興業的にはあんまり成功はしなかったらしいけど、できればDVDで持っておきたい作品。
何れ本家サイトでVRのネタを扱った際に、改めて真面目にレビューを掲載したいもんです。
ところでどっかの大学あたりでマジでこの「スクイッド」を開発してくれませんかね?
タグ :ストレンジ・デイズ
2008年04月29日
NIRVANA
ニルバーナ

ジャケットが「やっちゃった」感溢れたデザインになっていますが、映画の内容そのものは良いです。
1997年公開のイタリア・フランス合作映画で、同年の第50回カンヌ国際映画祭にて特別招待作品として公開されたものの日本国内での知名度は低く、次の年にミニシアターで単館上映されたのみ。
ハリウッドの大作のような派手さはなく全体的に暗い(話の筋も実際の画面も)映画ですが、かなりしっかりしたサイバー・パンクSFで見応えがあります。
あらすじは・・・
日系巨大ゲーム開発企業「オコサマ・スター社」(笑)の看板プログラマーのジミーは、新作ゲーム「ニルヴァーナ」がクリスマスにリリースされるというのに、1年前に彼を捨てて出て行った彼女の影を未だに引きずりなかなか完成できずにいる。
突然の失踪の理由と彼女の消息の手がかりが残されたビデオレターはあるもののその謎もどうしても解けない。
そんなウジウジした毎日を送っているうち、製作途中のニルヴァーナが新種のウイルスに感染してしまい、プレイヤー・キャラである「ソロ」の自我が覚醒してしまった。
ソロは「同じことの繰しである人生にウンザリし創造主であるジミーに”解放”を懇願。
そこでジミーは会社のホストコンピューターに侵入し、ニルヴァーナのプログラムを消去するためより優秀なハッカーの仲間を頼って旅を続けるが、次第に彼女の失踪理由ともリンクしていく…
というもの。
プレイヤー・キャラの「ソロ」がデブの中年オヤジで同情心が全く湧かないのと、このソロが入れ込む娼婦がこれまた年増のオバサンなのがなんだかなぁ…な感じですが、それ以外はかなり細部までしっかり作りこまれています。
デザインや特殊メイクもいい感じ。
まあ「ブレード・ランナー」の影響が垣間見えるのはご愛嬌だけど。
まずジミーは自分よりもっと「こなれた」ハッカーである「ジョイスティック」(本当にこんな名前)を探し、さらにジョイスティックの紹介でフリーのハッカー「マイナ」を探して歩くのですが、このときに立ち寄る街が人種・国籍別に完全な「都市国家」と化しているのが面白いです。
この映画の年代設定は2050年なのですが、未来の世界ではそれぞれのコミュニティがもっと強固なものとなり、混ざり合う「坩堝」ではなく「サラダボウル」のように個々の違いを保ったまま、決して混ざり合うことのないまま「共存」しているということでしょうか。
また、国家が「都市国家」化しているというのは小説「スノウ・クラッシュ」の影響もあるのかも?
スノウ・クラッシュ〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

スノウ・クラッシュ〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

そして映画はゲームの中の仮想世界とリアル世界が交錯しながら進行し、最終的に社内のホストコンピューターに侵入してニルヴァーナのデータを消すのですが、この頃にはもう一つの目的「会社の裏金をもらっちまえ!」が加わっているのが皮肉が効いてます。やっぱ日本企業のイメージってこんなんですか…
「献金用の裏金だから盗んでも表沙汰にならない」→「じゃあついでにもらっとくか」という(笑)。
で、このハッキングシーンが秀逸。
侵入するハッカーは「エンジェル」と呼ばれ、それを撃退するプログラムは「デビル」と呼ばれているのですが、一連のハッキングプロセスが全て仮想世界化されている。
それも全編サイバーパンクできたくせに、ここのシーンだけ基本的にはセットと芝居だけで見せるというアイデアが凄い。
「エンジェル」は仮想世界化されたホストコンピューターの中に入るのですが、行く先々で「デビル」に会う。
この「デビル」は、「エンジェル」となったハッカーの記憶の奥底に眠るトラウマを具現化し、会話することによって「エンジェル」の行く手を阻む。
つまり、ハッカーはハッキングプロセスにおいて自分のトラウマと対峙し、乗り越えなければコンピューターをハックすることができないという。
この仮想世界内の視点とリアル世界の部屋のカットバックが効果的で、まさに手に汗握るスリリングなシーンになっています。
この「ハッキングプロセスの仮想世界化」はなかなか良いアイデア。何かに使えそう。
かなりマニアックな作品ですが、ヨーロッパではかなり高い評価の映画だそうな。
ある意味、マトリックスの一歩先を読んだ隠れた名作。
ビデオ・DVDともあまり普及していないみたいなのでレンタルでどうぞ。
もしくはAmazonでユーズド商品を買うとか。

ジャケットが「やっちゃった」感溢れたデザインになっていますが、映画の内容そのものは良いです。
1997年公開のイタリア・フランス合作映画で、同年の第50回カンヌ国際映画祭にて特別招待作品として公開されたものの日本国内での知名度は低く、次の年にミニシアターで単館上映されたのみ。
ハリウッドの大作のような派手さはなく全体的に暗い(話の筋も実際の画面も)映画ですが、かなりしっかりしたサイバー・パンクSFで見応えがあります。
あらすじは・・・
日系巨大ゲーム開発企業「オコサマ・スター社」(笑)の看板プログラマーのジミーは、新作ゲーム「ニルヴァーナ」がクリスマスにリリースされるというのに、1年前に彼を捨てて出て行った彼女の影を未だに引きずりなかなか完成できずにいる。
突然の失踪の理由と彼女の消息の手がかりが残されたビデオレターはあるもののその謎もどうしても解けない。
そんなウジウジした毎日を送っているうち、製作途中のニルヴァーナが新種のウイルスに感染してしまい、プレイヤー・キャラである「ソロ」の自我が覚醒してしまった。
ソロは「同じことの繰しである人生にウンザリし創造主であるジミーに”解放”を懇願。
そこでジミーは会社のホストコンピューターに侵入し、ニルヴァーナのプログラムを消去するためより優秀なハッカーの仲間を頼って旅を続けるが、次第に彼女の失踪理由ともリンクしていく…
というもの。
プレイヤー・キャラの「ソロ」がデブの中年オヤジで同情心が全く湧かないのと、このソロが入れ込む娼婦がこれまた年増のオバサンなのがなんだかなぁ…な感じですが、それ以外はかなり細部までしっかり作りこまれています。
デザインや特殊メイクもいい感じ。
まあ「ブレード・ランナー」の影響が垣間見えるのはご愛嬌だけど。
まずジミーは自分よりもっと「こなれた」ハッカーである「ジョイスティック」(本当にこんな名前)を探し、さらにジョイスティックの紹介でフリーのハッカー「マイナ」を探して歩くのですが、このときに立ち寄る街が人種・国籍別に完全な「都市国家」と化しているのが面白いです。
この映画の年代設定は2050年なのですが、未来の世界ではそれぞれのコミュニティがもっと強固なものとなり、混ざり合う「坩堝」ではなく「サラダボウル」のように個々の違いを保ったまま、決して混ざり合うことのないまま「共存」しているということでしょうか。
また、国家が「都市国家」化しているというのは小説「スノウ・クラッシュ」の影響もあるのかも?
スノウ・クラッシュ〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

スノウ・クラッシュ〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

そして映画はゲームの中の仮想世界とリアル世界が交錯しながら進行し、最終的に社内のホストコンピューターに侵入してニルヴァーナのデータを消すのですが、この頃にはもう一つの目的「会社の裏金をもらっちまえ!」が加わっているのが皮肉が効いてます。やっぱ日本企業のイメージってこんなんですか…
「献金用の裏金だから盗んでも表沙汰にならない」→「じゃあついでにもらっとくか」という(笑)。
で、このハッキングシーンが秀逸。
侵入するハッカーは「エンジェル」と呼ばれ、それを撃退するプログラムは「デビル」と呼ばれているのですが、一連のハッキングプロセスが全て仮想世界化されている。
それも全編サイバーパンクできたくせに、ここのシーンだけ基本的にはセットと芝居だけで見せるというアイデアが凄い。
「エンジェル」は仮想世界化されたホストコンピューターの中に入るのですが、行く先々で「デビル」に会う。
この「デビル」は、「エンジェル」となったハッカーの記憶の奥底に眠るトラウマを具現化し、会話することによって「エンジェル」の行く手を阻む。
つまり、ハッカーはハッキングプロセスにおいて自分のトラウマと対峙し、乗り越えなければコンピューターをハックすることができないという。
この仮想世界内の視点とリアル世界の部屋のカットバックが効果的で、まさに手に汗握るスリリングなシーンになっています。
この「ハッキングプロセスの仮想世界化」はなかなか良いアイデア。何かに使えそう。
かなりマニアックな作品ですが、ヨーロッパではかなり高い評価の映画だそうな。
ある意味、マトリックスの一歩先を読んだ隠れた名作。
ビデオ・DVDともあまり普及していないみたいなのでレンタルでどうぞ。
もしくはAmazonでユーズド商品を買うとか。
タグ :NIRVANA
2008年04月14日
トロン
トロン

ディズニーが1982年に制作した、世界で初めて「CG」を本格的に使用した映画。
コンピューターの内部に作られた仮想世界(ゲーム)を舞台に、擬人化された「プログラム」が活躍するというお話。
デザインをシド・ミードが担当し、なんと駆け出し時代のティム・バートンがアニメーターとして参加しているという様々な意味で記念碑的な作品のはずなんですが・・・
内容がクソつまらない。
調べてみたところ、案の定興行的には大失敗しているらしいです。
しかしCGの可能性を示した画期的な作品だったことから、この作品を見てCGやゲームの仕事を志したという人は多いとか。
まず何といっても画面が全体的に青っぽくて暗い。
当時だとちょうど「アタリ」のゲームが話題になっていた頃か、CGの絵もそれっぽいのですが、これを暗い映画館で1時間以上見せられることを考えると普通に目が疲れます。
あとセリフに専門用語がやたらと多く出てくる。
「グリッド」、「サーキット(回路とレースゲームのサーキットをかけている)」、「ユーザー」、「プログラム」なんて言葉は今でこそ一般的になっているが、当時の、それも子供たちには殆ど理解できなかったんじゃないでしょうか。
「なんかディズニーがコンピューターゲームの映画を作ったって。見に行こう!」と映画館に行って、終わってからポカ~ンとした顔で帰路につく子供の顔が目に浮かぶ。
そして話の筋も子供にはちょっと難し目。
要約するとこんな感じ↓
人気ゲーム「スペースパラノイド」を開発したのに同僚に嵌められて会社をクビになり、場末のしがないゲーセンの店長に落ちぶれた元プログラマー。
一方そいつの同僚は「スペースパラノイド」の権利を我が物にし発表、ゲームは大ヒットしたちまち社長の座に。
それに憤慨した元プログラマーは、ゲームを自分の手に取り戻すため夜な夜な会社のイントラネットにハッキングするようになるが、ネットを厳重に管理するMCP(マスター・コントロール・プログラム)に阻まれてしまう。
しかし偶然ハッキングの事実を知った社内のスタッフ2名の協力を得、会社に不法侵入し社内のPCから直接イントラネットにアクセスを試みる。
また元プログラマーに協力する社員2名も不正調査のため開発途中の監視プログラム「トロン」を起動させようとする。
ところがMCPには既に「自我」のようなものができており、危険を察知したMCPは実験中の物質転送機を起動させ元プログラマーをコンピュータの中の仮想世界へと送りこんでしまった。
そこはMCPの厳重な監視の元管理される全体主義的な世界で、あらゆるプログラムがネットを通じて集められ奴隷のようにこき使われていた…
今の感覚なら別に不思議でもなんでもない内容ですが、これが1982年に製作された映画だということを考えると、その先見性に驚きます。
会社のデータを管理するのに「イントラネット」が使用されている点、そしてそれを厳重に管理し過ぎることによって起こる弊害まで”予言”しているのは本当に凄い。
またWindows’85が出る前にこんな内容の映画を大真面目に作ったのだから。
プログラムが擬人化されその後ろに「ユーザー」という”人間”がいるというのは現在のMMOを予見していたとも考えられる。
しかしそんなことは今この時代だから理解できることであって、当時の人のほとんどは「???」だったのでは。
先駆者とは常に捨石になってしまう運命なのか・・・
因みに画面の”絵”は、いかにもな80年代でかなり懐かしい感じ。
登場人物のコスチュームはギャバンとかシャリバンとか「宇宙刑事もの」を彷彿とさせます。
なんかこう、「CG」とか「コンピューター」に対し人々が無邪気に夢と希望を抱いていた古き良き時代の香りがする。
ポリゴン丸出しのゲーム画面なんてむしろ新しい。
まあ純粋に「雰囲気」と「絵」を味わう映画としてはかなりオススメ。
あと仮想世界を商売にしている人はとりあえず見ておいた方がいいかも。

ディズニーが1982年に制作した、世界で初めて「CG」を本格的に使用した映画。
コンピューターの内部に作られた仮想世界(ゲーム)を舞台に、擬人化された「プログラム」が活躍するというお話。
デザインをシド・ミードが担当し、なんと駆け出し時代のティム・バートンがアニメーターとして参加しているという様々な意味で記念碑的な作品のはずなんですが・・・
内容がクソつまらない。
調べてみたところ、案の定興行的には大失敗しているらしいです。
しかしCGの可能性を示した画期的な作品だったことから、この作品を見てCGやゲームの仕事を志したという人は多いとか。
まず何といっても画面が全体的に青っぽくて暗い。
当時だとちょうど「アタリ」のゲームが話題になっていた頃か、CGの絵もそれっぽいのですが、これを暗い映画館で1時間以上見せられることを考えると普通に目が疲れます。
あとセリフに専門用語がやたらと多く出てくる。
「グリッド」、「サーキット(回路とレースゲームのサーキットをかけている)」、「ユーザー」、「プログラム」なんて言葉は今でこそ一般的になっているが、当時の、それも子供たちには殆ど理解できなかったんじゃないでしょうか。
「なんかディズニーがコンピューターゲームの映画を作ったって。見に行こう!」と映画館に行って、終わってからポカ~ンとした顔で帰路につく子供の顔が目に浮かぶ。
そして話の筋も子供にはちょっと難し目。
要約するとこんな感じ↓
人気ゲーム「スペースパラノイド」を開発したのに同僚に嵌められて会社をクビになり、場末のしがないゲーセンの店長に落ちぶれた元プログラマー。
一方そいつの同僚は「スペースパラノイド」の権利を我が物にし発表、ゲームは大ヒットしたちまち社長の座に。
それに憤慨した元プログラマーは、ゲームを自分の手に取り戻すため夜な夜な会社のイントラネットにハッキングするようになるが、ネットを厳重に管理するMCP(マスター・コントロール・プログラム)に阻まれてしまう。
しかし偶然ハッキングの事実を知った社内のスタッフ2名の協力を得、会社に不法侵入し社内のPCから直接イントラネットにアクセスを試みる。
また元プログラマーに協力する社員2名も不正調査のため開発途中の監視プログラム「トロン」を起動させようとする。
ところがMCPには既に「自我」のようなものができており、危険を察知したMCPは実験中の物質転送機を起動させ元プログラマーをコンピュータの中の仮想世界へと送りこんでしまった。
そこはMCPの厳重な監視の元管理される全体主義的な世界で、あらゆるプログラムがネットを通じて集められ奴隷のようにこき使われていた…
今の感覚なら別に不思議でもなんでもない内容ですが、これが1982年に製作された映画だということを考えると、その先見性に驚きます。
会社のデータを管理するのに「イントラネット」が使用されている点、そしてそれを厳重に管理し過ぎることによって起こる弊害まで”予言”しているのは本当に凄い。
またWindows’85が出る前にこんな内容の映画を大真面目に作ったのだから。
プログラムが擬人化されその後ろに「ユーザー」という”人間”がいるというのは現在のMMOを予見していたとも考えられる。
しかしそんなことは今この時代だから理解できることであって、当時の人のほとんどは「???」だったのでは。
先駆者とは常に捨石になってしまう運命なのか・・・
因みに画面の”絵”は、いかにもな80年代でかなり懐かしい感じ。
登場人物のコスチュームはギャバンとかシャリバンとか「宇宙刑事もの」を彷彿とさせます。
なんかこう、「CG」とか「コンピューター」に対し人々が無邪気に夢と希望を抱いていた古き良き時代の香りがする。
ポリゴン丸出しのゲーム画面なんてむしろ新しい。
まあ純粋に「雰囲気」と「絵」を味わう映画としてはかなりオススメ。
あと仮想世界を商売にしている人はとりあえず見ておいた方がいいかも。
2008年03月28日
セカンドライフマガジンvol.2
が本日届きました!

大真面目な書評はついさっきUPしたので見て欲しいのですが↓
http://www.secondtimes.net/book/app/20080328_secondlifemagazinevol2.html
なんと前号よりも20ページ以上も増量!内容もより濃いものとなっています。
中には初心者にはちょっと難しいかも・・・という解説記事もありましたが、読み物として面白くまとめられているので損はしないでしょう。
全体的にセカンドライフ内の各方面で活躍しているキーマンのインタビュー記事や記事執筆が増えており、様々な人の意見や考えを知ることができるのも貴重。
で、ここからが本題。
実は私も同誌に記事を執筆していたりします。
ページは98ページ!
日本発の仮想世界・空間についていろいろ語ってます。(それが上記の画像)
もう決められた字数に収めるのが本当に大変だった!
普段の仕事は文字制限なんてないから書きたい放題書いてまんまUPできるけど、紙媒体はそうもいかないんですよね(当たり前だ!)。
私の文章の書き方は、書きたいだけ書いてから字数制限内に収めるため、わざわざ推敲を重ねて削っていくという非常に非効率的な方法。因みに伊集院光も同じだって。
ということで通常業務の傍らなんとか時間を作って書いた記事です。
興味のある方は是非読んでみて下さい。
自分用はこうしてもらえたので、これから実家及び親類縁者一族郎党に配る分を10冊くらい買おうと思います。
セカンドライフマガジン vol.2 (インプレスムック)

大真面目な書評はついさっきUPしたので見て欲しいのですが↓
http://www.secondtimes.net/book/app/20080328_secondlifemagazinevol2.html
なんと前号よりも20ページ以上も増量!内容もより濃いものとなっています。
中には初心者にはちょっと難しいかも・・・という解説記事もありましたが、読み物として面白くまとめられているので損はしないでしょう。
全体的にセカンドライフ内の各方面で活躍しているキーマンのインタビュー記事や記事執筆が増えており、様々な人の意見や考えを知ることができるのも貴重。
で、ここからが本題。
実は私も同誌に記事を執筆していたりします。
ページは98ページ!
日本発の仮想世界・空間についていろいろ語ってます。(それが上記の画像)
もう決められた字数に収めるのが本当に大変だった!
普段の仕事は文字制限なんてないから書きたい放題書いてまんまUPできるけど、紙媒体はそうもいかないんですよね(当たり前だ!)。
私の文章の書き方は、書きたいだけ書いてから字数制限内に収めるため、わざわざ推敲を重ねて削っていくという非常に非効率的な方法。因みに伊集院光も同じだって。
ということで通常業務の傍らなんとか時間を作って書いた記事です。
興味のある方は是非読んでみて下さい。
自分用はこうしてもらえたので、これから実家及び親類縁者一族郎党に配る分を10冊くらい買おうと思います。
セカンドライフマガジン vol.2 (インプレスムック)

2007年12月26日
「グリアの夢」の書評(ソラマメバージョン)
グリアの夢―セカンドライフ物語
ヤムヤム・アキナ

既に大真面目な記事は仕事で書いたのですが。
セカンドライフ内でいち早く環境保護団体や人道支援団体、NPO団体を支援するSIM「八国山アイランド」を構築し、ビジネス目的ではない慈善事業を推進する株式会社インターリンクの協力の元に執筆されたセカンドライフ・ファンタジー小説。
しかし、「ファンタジー小説」というジャンルでありながら、そこに書かれていることの殆どは事実に基づいており、主人公の「グリアさん」のモデルとなった人物も実在する。
というか私のmixiのマイミクでリアル友達で毎週会ってるんですけどね。
物語は、インターリンクで新規事業を担当する社員の今橋麻衣(=グリアさん)氏の一人称で進行していく。
面白い上司”広島部長”と二人だけで進める「セカンドライフ」という未知の世界での新規事業に、当初彼女は悪戦苦闘しながらも、その世界に入り込むにつれ徐々にセカンドライフの楽しさや可能性を見出していく。
物語の展開が、グリアさんがリアルライフとセカンドライフを行ったりきたりしながら進むようになっているので、まるで読んでいるこちら側もセカンドライフにログインしているかのような感覚が味わえるのが面白い。
また、「セカンドライフ初心者」の目線からインワールドの様子が描写されるので、セカンドライフを始めたばかりだったりまだログインしたことのない読者でも、なんとなくセカンドライフの真の姿を理解できるよう工夫がなされている。何より、「インターリンク」という”企業”が物語の起点になっていながらも、セカンドライフは「個人と個人の繋がり」で成り立っているということがしっかりと描写されているのが良い。
これは以前「セカンドライフを読む。」でも書いたことだが、現在の日本におけるセカンドライフの報道のされ方はなぜかビジネスばかりに偏っている。
どこの企業が参入したかなどのニュースが大きく報じられ、二次報道や評論・分析もその殆どが企業の発表を元にしたもの。そして書店に行けば「ビジネス参入」「儲け方」の書籍が並ぶ。
しかし実際のセカンドライフユーザーは、そのようなビジネスとはまた別のところで個々に繋がり、様々な可能性を試し、セカンドライフそのものを楽しんでいる。
そこにはリアルライフでは失われつつある原始的な対話のコミュニケーションや助け合いの精神が生きているのだが、本書ではそれが上手い具合に物語の中に取り上げられている。
物語の終盤、グリアさんはビジネス一辺倒な広告代理店からの相談を受け、商店街SIMの活性化のために大学時代のボーイフレンド「彰」が主催する”セカンドライフ内バンド”と”ちんどん屋さん”を呼びイベントを企画。そして最後にセカンドライフに世界平和に役立つ島を作るべく社長にビジネスプランをプレゼンし、「彰」とちょっと良い雰囲気になったところで物語は終わる。
現実を元にした小説なので「もしかしたら続編があるかも…?」と思わせるところもミソだ。
セカンドライフでの活動を通して、現実世界もより良きものにしたいという本書でのグリアさんの思いに共感するユーザーはおそらく多いと思われる。
企業が今後どのようにセカンドライフを活用し社会貢献していけばよいか、一つの好例を示した本とも言えるだろう。
さらに、結果的にインターリンクのこれまでの活動をおさらいした内容になっているので、図らずしも(?)同社の宣伝やイメージアップ戦略に一役買っている。
読了後、私は嘗て某カンファレンスイベントで聞いたデジハリの三淵教授の
「企業が社会貢献するとして、たとえば現実世界に美術館や博物館を建設するのはお金も時間もかかるし維持していくのも大変。でも、セカンドライフ内にユーザーみんなが楽しめる施設や役に立つ施設を作れば、現実よりもはるかに少ない費用で企業のイメージアップが図れる」
というような内容のスピーチを思い出した。
日本の仮想世界市場はまだ成熟しているとは言い難い。
そんな状況で、ただただビジネス一辺倒で一方的にコンテンツを押し付けるような「Web1.0的」なセカンドライフ参入をするのでは、実際にそこで住み楽しんでいるユーザーにそっぽを向かれるだけ。
それならいっそ、敢えて儲けを捨てて社会貢献に徹する戦略もアリなんじゃないだろうか?
「損して得取れ」という言葉もあるんだし。
※赤字の部分が新たに追加した文章です。推敲なんかしちゃいません。あしからず。
ヤムヤム・アキナ

既に大真面目な記事は仕事で書いたのですが。
セカンドライフ内でいち早く環境保護団体や人道支援団体、NPO団体を支援するSIM「八国山アイランド」を構築し、ビジネス目的ではない慈善事業を推進する株式会社インターリンクの協力の元に執筆されたセカンドライフ・ファンタジー小説。
しかし、「ファンタジー小説」というジャンルでありながら、そこに書かれていることの殆どは事実に基づいており、主人公の「グリアさん」のモデルとなった人物も実在する。
というか私のmixiのマイミクでリアル友達で毎週会ってるんですけどね。
物語は、インターリンクで新規事業を担当する社員の今橋麻衣(=グリアさん)氏の一人称で進行していく。
面白い上司”広島部長”と二人だけで進める「セカンドライフ」という未知の世界での新規事業に、当初彼女は悪戦苦闘しながらも、その世界に入り込むにつれ徐々にセカンドライフの楽しさや可能性を見出していく。
物語の展開が、グリアさんがリアルライフとセカンドライフを行ったりきたりしながら進むようになっているので、まるで読んでいるこちら側もセカンドライフにログインしているかのような感覚が味わえるのが面白い。
また、「セカンドライフ初心者」の目線からインワールドの様子が描写されるので、セカンドライフを始めたばかりだったりまだログインしたことのない読者でも、なんとなくセカンドライフの真の姿を理解できるよう工夫がなされている。何より、「インターリンク」という”企業”が物語の起点になっていながらも、セカンドライフは「個人と個人の繋がり」で成り立っているということがしっかりと描写されているのが良い。
これは以前「セカンドライフを読む。」でも書いたことだが、現在の日本におけるセカンドライフの報道のされ方はなぜかビジネスばかりに偏っている。
どこの企業が参入したかなどのニュースが大きく報じられ、二次報道や評論・分析もその殆どが企業の発表を元にしたもの。そして書店に行けば「ビジネス参入」「儲け方」の書籍が並ぶ。
しかし実際のセカンドライフユーザーは、そのようなビジネスとはまた別のところで個々に繋がり、様々な可能性を試し、セカンドライフそのものを楽しんでいる。
そこにはリアルライフでは失われつつある原始的な対話のコミュニケーションや助け合いの精神が生きているのだが、本書ではそれが上手い具合に物語の中に取り上げられている。
物語の終盤、グリアさんはビジネス一辺倒な広告代理店からの相談を受け、商店街SIMの活性化のために大学時代のボーイフレンド「彰」が主催する”セカンドライフ内バンド”と”ちんどん屋さん”を呼びイベントを企画。そして最後にセカンドライフに世界平和に役立つ島を作るべく社長にビジネスプランをプレゼンし、「彰」とちょっと良い雰囲気になったところで物語は終わる。
現実を元にした小説なので「もしかしたら続編があるかも…?」と思わせるところもミソだ。
セカンドライフでの活動を通して、現実世界もより良きものにしたいという本書でのグリアさんの思いに共感するユーザーはおそらく多いと思われる。
企業が今後どのようにセカンドライフを活用し社会貢献していけばよいか、一つの好例を示した本とも言えるだろう。
さらに、結果的にインターリンクのこれまでの活動をおさらいした内容になっているので、図らずしも(?)同社の宣伝やイメージアップ戦略に一役買っている。
読了後、私は嘗て某カンファレンスイベントで聞いたデジハリの三淵教授の
「企業が社会貢献するとして、たとえば現実世界に美術館や博物館を建設するのはお金も時間もかかるし維持していくのも大変。でも、セカンドライフ内にユーザーみんなが楽しめる施設や役に立つ施設を作れば、現実よりもはるかに少ない費用で企業のイメージアップが図れる」
というような内容のスピーチを思い出した。
日本の仮想世界市場はまだ成熟しているとは言い難い。
そんな状況で、ただただビジネス一辺倒で一方的にコンテンツを押し付けるような「Web1.0的」なセカンドライフ参入をするのでは、実際にそこで住み楽しんでいるユーザーにそっぽを向かれるだけ。
それならいっそ、敢えて儲けを捨てて社会貢献に徹する戦略もアリなんじゃないだろうか?
「損して得取れ」という言葉もあるんだし。
※赤字の部分が新たに追加した文章です。推敲なんかしちゃいません。あしからず。




